シカゴの旅―番外編

この番外編は、東日本大震災の支援に関して、日本に帰ってからという悠長なことでなく、今すぐ発信したいという思いから、ブログとしては番外編から先にアップいたします。

東日本大震災では、多くの方が被災され、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに、避難生活を余儀なくされている方々には、一刻も早い復興を祈願しております。

シカゴに旅立つ4日前からその前日まで、岩手県の大槌町を訪問してきました。震災直後に、我々の病院から救護チームが派遣された先が、津波の被害をもっとも強く受けた地域である大槌町でした。人口1万5千人の小さな町で、2ヶ月前まではまったく知らない町でした。すでに1割以上の方が亡くなり、行方不明の状態です。

救援は4月11日から継続できない事情となり、自衛隊の医療班、次いで日本赤十字に引き継がれていましたが、当院のスタッフ、とくに現地に赴いたスタッフから、一期一会の感情が込み上げてくる思いが伝わり、現状を調査して、出来ることがあれば再度チームを派遣する気持ちで、現地で救護を行った2名の医師とともに現地に赴いたのです。

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【市大病院から救護に駆けつけた大槌町安渡小学校に非難している方々の様子。物資は充足しつつありますが、食事は相変わらずインスタントやレトルト中心で、プライバシーの保全はなく、2ヶ月前とほぼ同様の状態でした】

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【この町出身の東京で勤務されている管理栄養士の方が、故郷に帰って来られていて、避難者の栄養管理に努められていました】

その報告は別の項で行いますが、要は、家族も家も車もお金まで、すべて流されてしまった方々が、避難所や自宅にも多くおられるということがわかりました。医療の支援だけでなく、生活の支援が必要だと強く感じました。本院でも義援金を募り、大槌町に車2台やホームシアター(子供たちに喜んでもらうため)、トマト300個をお届けしましたが、とても足りません。中長期的な継続する支援が必要だと強く感じました。

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【大槌町の湾岸。強固な防波堤が津波で壊されていました。想像を絶する破壊力を痛感します】

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【自衛隊の方々の献身的な復興支援には、頭が下がります】

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【仮設の災害対策本部の駐車場です。左から2番目が東梅副町長です。その他3名は訪問した本院の医師です。後ろの車は寄贈した1台です。今は軽のバンが役立つそうです】

そんな時、シカゴでメールをチェックしていると、仲間からビックリする情報が飛び込んできました。なんと、大槌町の東梅副町長さん(町長さん以下、多くの幹部が津波で流され、麻痺した町の行政を何とか立て直すために頑張っておられます)のご令嬢が以下のメッセージを出しておられました。なんとミシガン大学がんセンターに勤務されているとのことで、シカゴから鼻の先ではないかと思い、地図を調べてみました。すると所在地のアノーバーまで300 kmはありそうで、さすがアメリカは広い! と感心している場合ではないのですが、会いに行くのは断念しました。もっとも、故郷に帰っておられるでしょうね。

で、転記します。

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医療ガバナンスNEWS

 ▽東日本大震災津波に係る岩手県立病院での医療応援ならびに大槌町への義援金のお願い▽

ご案内をいただきましたので、情報提供です

201157日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp

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NEWS

東日本大震災津波に係る岩手県立病院での医療応援ならびに大槌町への義援金のお願い

ミシガン大学医学部内科学講座血液腫瘍内科学分野

ミシガン大学がんセンター骨髄移植部門

東梅友美

このたびの大震災では、私の地元である岩手県大槌町をはじめとして、三陸海岸の各市町村の多くが壊滅的な被害を受け、地域の医療機関も被災し重大な影響がでております。

これまでも全国の医療機関より医療支援をいただいておりますことに関してまして、被災家族の立場から心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

岩手県医療局では21の県立病院を運営し、地域医療において重要な役割を果たしておりますが、このうち高田病院(陸前高田市)、大槌病院(大槌町)、山田病院(山田町)の被害が大きい上、これまで地域医療を支えてこられた開業の先生方にもお亡くなりになったり、行方不明になられている先生がおり、地域医療に重大な支障が出ております。そのため、医療局ではこの5月から今回の震災による被災地域での診療応援をいただける医師の方を募集しております。もし、可能なら皆様のご協力、ご支援をいただきますよう、よろしくお願いいたします。以下に医療局からの文章を転載いたします。

●東日本大震災津波に係る診療応援について

岩手県医療局では、今回の震災による被災地域のため診療応援して頂ける医師を募集しております。

震災被災者への支援のため、医師の皆様のお力をお貸しください。ご連絡をお待ちしております。

なお、常勤医の募集も同時に行っておりますので、合わせてよろしくお願いします。

1.募集診療科

内科、外科、整形外科、精神科など(担当者に問い合わせたところ、すべての診療科で必要とのことでした)

2.勤務地域

岩手県内の被災地域等(具体的地域は希望に応じます。具体的には大船渡病院、釜石病院、宮古病院、高田病院、大槌病院、山田病院など)

3.募集及び勤務期間

募集期間は平成235月から当分の間

勤務期間は、原則2ヶ月以上

4.勤務内容

当該地域での県立病院及び地域診療センター等での診療活動

勤務病院によって、当直等あり

5.報酬等

岩手県医療局が定める規程等により、支給

宿舎等については、岩手県医療局において手配

6.問い合わせ先

岩手県医療局医師支援推進室

電話 019-629-6366

Mail EA0006@pref.iwate.jp

また、上記の件に加えまして、私から皆様にお願いしたいことがございます。

上記に記載しておりますように、私の地元、大槌町は津波とその後の火災で、壊滅的な被害になり、52日現在で町長をはじめ、町民約15,000人のうち一割強に当たる約1,700人の方が死亡ないしは行方不明となっております。この数字は町が把握可能な範囲内のものであり、”少なくとも”という条件つきです。私的なことですが、私の母もいまだ行方不明であり、親族、友人、知人もこの中に多く含まれています。また、多くの方が家族を失うばかりでなく、自宅および仕事まで奪われてしまいました。震災に当たり、これまでも全国の皆様から多くの義援金、救援物質などのご支援をいただきましたことに心からお礼を申し上げますとともに、重ねてのお願いではございますが、もし可能でしたら、大槌町へのご支援、ご協力につきましても何卒よろしくお願いいたします。以下に大槌町の義援金振込口座を記載いたします。

(1) 金融機関     岩手銀行 大槌支店(おおつち)

(2) 口座の種類    普通口座

(3) 口座名      大槌町災害義援金  大槌町長職務代理者 

             副町長  東梅 政昭(とうばいまさあき)

(4) 口座番号     2037777  

よろしくお願いいたします。

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配信・解除依頼は info@medg.jp までメールをお送りください。手続きに数日要することがありますので、ご了承ください。

今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いただけましたら幸いです。

MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp

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 このようなことで、シカゴから是非発信させてください。また、皆様のご協力をよろしくお願いいたします。

サンアントニオの旅

 10月も半ばだというのに、まだ半袖でも暑いサンアントニオに着きました。砂漠にできたメキシコから300 kmしか離れていないテキサス州の南の都市なので仕方ないです。

 この街に日本人は少なく、日本レストランも数件しかありません。しかも、従業員に日本人はひとりもいません。日本料理が国際的になった証拠でしょうか? 

 ここは、1840-1860年にサンアントニオさん、しゃれではありません、によって作られた街だそうです。まず、運河を作って交通をボートでするようにしたのですが、これが大当たり。今では観光のスポットになってます。この運河は環状になっていて、リバーウォークといいます。信号がないし、木々や鳥やリスがいるので散歩だけでなく、通勤に歩いている人も多いです。

 ここを歩いていると、な、な、なんと、アメリカにも等間隔の法則が・・・。鴨川の堤に座るカップルと同じだ! ここでは、ネギはしょってませんが、カモが同じ法則を守っていました。しかも、そばを人が通っても、全く動こうともしません。おそらく、仲間が鍋に入れられたことは、今までなかったのでしょうね。自然が溶け込んでいます。

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 さて、この運河には観光用のボートと交通手段としてのボートの二種類があります。観光用のボートは運転手がガイドをしてくれます。交通手段のボート(TAXI)はチェックの旗が立っていて見分けることができますが、運転手は運送業です。でも、ガイドが迷惑な観光客は、このTAXIに乗ってます。 

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 観光用のボートは、決まった駅があり、乗る人には分かりやすいのですが、TAXIは、一応それらしき場所の指定はありますが、手を上げれば着けてくれるようです。駅らしいなんの目印も立ってません。だからTAXIなんですかね?

 「TAXIに手を上げて♪~」と鈴木聖美のハスキーな声が聞こえてきそうですね。ジョージの家には行きませんけど。雨にも濡れませんよ(分かってくれると思いますけど、「TAXI」の歌詞に出てくる言葉です)。だって、ここは、1年のうちに雨は60日くらいで、それもほとんど一瞬です。雨量も月に60 mm程度ですから傘もいりません。

 どこからでも何回でも乗れる24時間チケットが10ドルぽっきり。乗り放題です。でも、実際は9:00AM-9:00PM、んっ、12時間やん! 詐欺や! でも運転手さんは愛想がいいです。 

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 それに引き換え、リバーウォークの賑わっているレストラン Casa Rioのウェイトレスは愛想悪い! はやってるから強気~。メキシカンで味はまあまあ。立地条件がいいのでしょうね。

 メキシカンは最初に必ずシンプルなポテトチップスとサルサ(トマトベースのスパイシーな野菜ソース)が出てきます。これがなんと勘定には付いていない! タダです。韓国料理のキムチみたいなものですね。これにコロナビールがまた合うんです。

 ウェイトレスの愛想も悪いし、結構、ポテトチップスでサルサをすくって食べていると、お腹も落ち着いてきたので、「勘定!」といってやろうかとも思いましたが、ここで、また、日本の評判を落としてもいかがなものかと、ふと、政治口調になって、おもわず、タコスとファヒータ(肉と野菜の鉄板焼き)を注文しました。お人好しですね。

 出てきた物を見て、食欲がげんなり。これでもか、の量は、10年ぶりに帰った田舎での歓迎料理を遥かに超えていました。もっとも、私は大阪の都心で生まれたので田舎はありませんが・・・。

 肉だけでも悠に500 gはあるでしょう。私は細切りの肉を想像していたので、2-3切れがやっとでしたが、ジューシーとは程遠い。料理は全部で20ドルちょっとでしたから、安いといえばそうですけど、せっかく来たら、多少高くても美味しい物を食べたいですよね。なんで、あの店があんなにはやっているのか理解できません。そんな感性もセンスもないアメリカ人が地球を支配していていいものか、はたと疑問に感じた今日この頃でした。

 この街は2日で飽きそうです。見る所は、アラモ砦、アメリカン・タワー、スペイン村(La Villita)くらいです。料理もメキシカン一辺倒。もうええわ、というぐらいメキシカンなのです。

 ちょっとメキシカンとは離れたいと思い、スペイン村の入り口のレストランに入りました。期待していたのに、まったくスペインの「ス」すら感じられない場所でした。やはり、ポテトチップスとサルサが出てきました。ところが、そのサルサがちょっと風変わりで美味!  

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 団体客が来て、その目の前で実演してサルサを作っていましたが、青唐辛子にニンニクに焼きトマト、あともろもろを石臼に入れて石の棒(卑猥な形にも見えるやつ?)でグリグリ潰すのです。店によって微妙に違うようで、感動しました。

 その店の壁には、「テキーラの効能」が20項目くらいでかでかと書かれていました。シャレですが、さすがメキシコを代表する酒。テキーラベースのカクテル、フローズン・マルガリータが人気です。効能のトップは「気が大きくなる」でした。他にも、「過去を忘れさせてくれる」とか、なかなか面白いことが書いていました。

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 そういえば、昔、ニューポートビーチ(カリフォルニア州でメキシコに近い都市)で学会があったとき、ホテルのバーで飲んでいて、テキーラをショットグラスでチビチビ飲みだしたとき、「ノー」という声が聞こえたのを思い出します。その声の主は、楕円形のカウンターでちょうど私の真向かいに座って飲んでいた3人のメキシカンでした。

 彼らは、テキーラの飲み方が間違っているというのです。正しい飲み方を教えてやると。正式な方法は、1.左手の甲の親指と人差指の間を舐めて濡らす、2.そこに塩をふりかける、3.その親指と人差指で半分に切ったライム持つ、右手でテキーラの入ったショットグラスを持つ、4.左手甲の塩を舐め、テキーラを一気に飲み干し、ライムを口の中に絞る(4の工程は1秒以内でないとだめ)、と教えてくれて、実際3人そろって実演してくれました。

 圧倒されていると、その一人が「Your turn(あんたの番だよ)」と言ってます。せっかく正式な飲み方を教えてくれたので、喜んでやってみました。ぎこちなかったのでしょうね。向こう側で、立てた人差し指を振り子のように振りながら「ツッ、ツッ、ツッ」と舌を鳴らしています。

 「もう一回やるからちゃんと見ときや」といって、また3人一斉に一気飲みです。そうやって、交互に一気飲みし、5杯目くらいまでは覚えていたのですが、気がついたらベッドのなかでした。もう朝です。ガンガンする頭を抑えながらプールサイドを通って発表の部屋に行く途中、「ヘーイ!」という声が聞こえました。プールの真ん中で女性が手を降っています。よく見ると昨日のメキシカン! 「負けた」。きっとテキーラに免疫ができているんや、と自分を納得させていました。

 で、サンアントニオに戻りますが、もうメキシコ料理は勘弁して! お願い、といって誰も助けてくれません。で、とりあえず、散歩中に見つけた日本料理店Sushi Zushiに行きました。期待してなかった割にはまあまあ。刺身はちょっとかなー、と思っていたので、鉄板焼きミックス(combination:エビ、ビーフ、チキン、野菜)と野菜焼きそばを頼みました。

 ところが、値段を見てみると、鉄板焼きミックス 20ドル、野菜焼きそば 8ドル。メニューをボーと眺めていて「値段は量を示す」という教訓を思い出し、あわててウェイターを呼びました。20ドルのcombination鉄板焼きは、きっとこれでもかの肉とエビ満載ディッシュでしょう。

 「オーダーを変更して欲しい。野菜の鉄板焼き(8ドル)とミックス焼きそば(13ドル)」。これが正解でした。鉄板焼きは野菜たっぷりで新鮮、チョーおいしかったです。でも焼きそばの麺はフニャフニャで食感が悪かった。

 で、次のサバイバルは、リバーウォークから離れてみようということにしました。でも歩いていける「キング・ウイリアムス歴史地区」です。ダウンタウンから歩いて10分もかからないくらい。ドイツ人が最初に居住したところらしく、ヨーロッパ風の住居が並んでいます。

 ひときは目立つピンクの館が、南アラモ通りの右手に現れました。「Liberty Bar」と書いてあります。入ってみると、イングリッシュ的内装。隣の人はでかいハンバーグを食べているかと思えば、スタイルが気になるお姉さん方はサラダだけ?

nec_0028.JPG  Liverty Bar」です。 

 で、私は、ガーリックトーストにパスタを注文しました。もちろんビールも。今回は、ちょっと濃い目のメキシカン・ビール、Dos Quadros。「XX」のラベルが特徴的です。まず、「ガーリック」はアメリカではなかなかお目にかかれない。彼らは、「うまみ」の感性がないから、口臭を気にしてニンニク(ガーリック)を好まないアホな民族です。タバコも同じですね。ニンニクにしてもタバコにしてもやる人は罪人扱いですよね。でもマリファナは州によっては合法なのですよ。変な人達ですよ、まったく。

 でも、メキシコはサルサにニンニクを入れているのを見ました。フランス料理、イタリア料理、スペイン料理みんなニンニクをきかしてます。中国、韓国、タイもそうです。だいたい、ステーキハウスで薄切りニンニクの唐揚げが付いてこないのが変ですよね。ガーリックライスなど夢のまた夢。ニンニクしい!?

 しょーむないダジャレを言ってる場合じゃない。感動があったのです。このアメリカで、このLiberty barのガーリックトーストは、なんとニンニクまるごと揚げたものが2個も出てくるのです。それをを二つに横切りして。

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 蜂の巣状の殻にたたずむニンニクが、ほんのり緑色に色づき(おそらくオリーブオイルでしっとり揚げたため?)、ペースト状に柔らかくなって、私の胃袋に入るのを今か今かと待っているのです。私はそのニンニクちゃんをナイフでトーストの表面にふんだんになすりつけ、かぶりつきました。フォー! 叫びたくなるような一瞬でした。うっま!

 もうひとつのディッシュ。忘れてませんか? パスタです。スパゲッティーはありませんでした。フェッチーネというキシメンのようなやつだけです。まー、メキシカンでなければいいかという程度の期待しかしてません。でも、ガーリックトーストをメニューに見つけたとたんに、これはいけそうだと確信し、注文するときに「できれば、ニンニクをミンチしたものを入れて調理して(If possible, please add some minced garlic when you cook pasta)」とちゃっかり頼むと、こころよく了解してくれました。

 で、トマトソースは最高でしたが、パスタがフニャフニャ。こっちの人はフニャフニャが好きなんですかね? 麺は歯ごたえだと思いますけど・・・。夜中に小腹が空いて作った「どん兵衛」の麺のほうが、よっぽど腰がしっかりしていました。ここの麺はダメみたい。教訓:サンアントニオにイケメンは存在しない(かも)。

 しかししかし、ここはテキサス。テキサスといえば、ステーキ。イケメンは居なくても、ステーキな人は居るかも、とか、ワケのわからないダジャレを期待している場合ではないですよ。本場のステーキハウス「Ruth’s Chris」に行きました。

 肉の種類は、テンダーロイン(ヘレ)、サーロイン(ロース)がメインですが、私はribeyeがお勧めです。一番ジューシーで、値段が一番安い。ここでもアメリカ人の価値観には愛想がつきます。

 Ribeyeとはリブ、すなわち焼肉でいうカルビ、バラです。骨付きですと、骨の周囲があぶらがのっていて美味! ここのは16オンスだったので、500 gくらいでしょうか。日本でミディアムくらいがちょうどいい感じですが、こっちではミディアム・レアと頼んで日本のミディアムくらいです。アメリカでミディアムというとウェルダンくらいに焼かれてしまい、ジューシーさが減ります。でも、もちろん、全部は食べ切れません。プチ・ステーキという女性向きのメニューがありますが、ヘレに限定されています。リブでもプチを設けて欲しいですね。

 いよいよ、こってり料理には飽きてきました。ニューオリンズにでもひとっ飛びしてシーフードが食べたいなと思っていた矢先、リバーウォークを歩いていてたまたま見つけたレストラン Landry’s Seafood Restaurantと看板が出ていました

 レストランの前はクリーニング屋さん? と思いきや、ランドリーは創業者の名前でした。1943年創業となってます。まずかったら、とっくの昔に廃業しているだろうと期待して入りました。席はもちろん外で、川沿いのテーブルを要望しました。

 ♪ホッテルはリバーサイド♪ などと井上陽水など、お好きですか? 実際、リバーウォーク沿いに一杯ホテルが建っています。ハイアット、マリオット、ホリデイ・イン、ヒルトンなどなど。河はアバンチュールに欠かせないツールですね。マリリン・モンローの「帰らざる河」、007の「ロシアより愛をこめて」だったかな? ベニスのゴンドラでのラブシーン。もっと一杯あるはずですが、思い出せません。

 で、このシーフードレストランの話に戻って、メニューで「Live marine robster — Market」という一行が目にとまりました。活けのロブスターで時価という意味です。私は寒いフトコロ事情も忘れて、迷わずそれを注文し、おまけにoyster(牡蠣)まで頼んでしまいました。しかも、なまでです。

 牡蠣はなんといっても、レモンを絞って、なまを生姜とピリ辛トマトソースでシュルっといくのが美味ですね。それで、アメリカでは2回当たりました。日本でも1回あります。あれは苦しい! 上げ下げ(上げがメイン)で立ってられないくらいふらつきます。それでも、めげずに食べるところがえらい! なにをひとりで感心してるの?

 しかし、それだけ当たると、避け方もうまくなります。これは、イチロー選手のように動体視力は要りません。食べる前に、血圧でも高いふりをして、抗生物質を飲むのです。ウェーターには絶対わかりません。そのせいかどうか証明のしようがないですが、セーフでした。生牡蠣、砂漠のど真ん中なのにメッチャ美味しかった!

 続いてロブスター。Liveですよ。ミスチルちゃうよ。年寄りにはわからんギャグやなー。娘にはウケるかも? こないだも観に行ったゆーてた、ってひっぱりすぎやねー、わかってます。で、ボイルしたのが一匹まるごと出てきました!

 そらそーや。半分だけでは生きてへんわなー。これがまたアメージング! 身が甘い! あまいじんぐ? シャレちゃうよ。意識し過ぎでんな。私は脇が甘い。ほっといてんか! しかしほんま、こんなおいしいロブスターは初めてでした。写真取るのも忘れて放心状態。

 これがなんと、1匹まるごと30ドルちょっと。なめとんかー! の逆。円高でもあるけど、2500円でこんな幸せ、得した気分。なんか、委員会でも開きたい気分。なんでやねん? と突っ込んでくれたら、「こんなに得していいんかい」って言える。メキシコ料理地獄にハマる寸前の快挙にしては、あまりにもすごかった。

ツーソンの旅

アリゾナ州ツーソンは100万人都市でフェニックス(300万人)に次ぐ都会です。しかし、田舎です。言い方は悪かったですが自然をすごく大事にしています。ここにアリゾナ大学(下の写真の中央あたり)があり、国営の病院(VA Medical and Health Center)が、アラビア風建築みたいに建っています。高い建物は一切ありません。病院も平屋です。

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学会の帰り道にRonnie Fass(ローニーと呼んでます)という友人の教授を訪ねました。結構男前で、ハリウッドスターのケーリー・グラントと雰囲気が似てます。ヒッチコック映画「北北西に進路を取れ」(1959)の主演を演じました。古いって? それじゃ「シャレード」でオードリー・ヘプバーンと共演した人といえばわかるでしょう? わからんか?

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    ローニー・ファス教授と私(彼の教授室で)                      ケーリー・グラント

まっ、それはさておき、ツーソンはまさに西部劇の世界。サボテンが茂ってます。スワロとかいう大きな十手みたいな形のやつ。ほら、銭形平次とかが使ってるやつの親玉ですよ。とても大切に保護されています。病院の敷地内にも大きなスワロがありました。100年以上前から生息しているものらしいです。どんな小さなものでも、動かすには政府の許可が要るのですって。

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ツーソンの国立病院の中。100歳以上のサボテン(スワロ)がそびえています。

西部劇といえばカウボーイですが、このあたりには、本物がまだ住んでいるそうです。たまに山から馬で疾駆してきて、勢い余って道路まではみ出して車とぶつかったりすることがあるらしいです。ジョン・ウェインならぶつかる前にタイヤを撃ち抜いていると思いますが・・・。

とにかく暑い。半端じゃない暑さです。太陽光線の槍が降ってくるみたいな。いや、針かな? そんな刺すような暑さです。私を朝迎えに来てくれた秘書さんは、駐車場に車を停めると、ドアの窓を5 mm位開けてからキーをロックしました。そうしないと窓ガラスが割れるそうです。

理屈としてはわかるけど(熱で空気が膨張してパンッ!?)、そんなに密閉度が高い高級車には見えませんでした。日本でいう魔法瓶(アイスティー入)も必需品だといって携帯していました。シーラという女性です。またー、来た? ダジャレを期待する気持ちはわかりますが、期待に答えないことを今年のモットーにしました。なに? 今までも期待はずれだったって? 言いたいこと言いますね。

ところで、ツーソンの名物はなにか知ってます? サソリの一夜干し。曇った日のあくる日のやつは買わない方がいいそうです。毒が残っている場合があって危険らしい・・・。うそですよ。確認しました。シーラも「うぇっ」みたいな顔して、「食べ物が無かった時代には、食べる人もいたかも・・・」と真面目に答えてくれました。

アメリカ人は基本的には真面目ですね。あとで、「冗談ですよ」とは言えない雰囲気になってきます。それで、悪のりして「唐揚げなら今でも食べてるでしょ?」と聞くと、いきなりインターネットを調べ始めました。即座にツーソンでサソリの唐揚げ店を調べてくれているのだと気がつきました。そのとき、「見つけないで(お願い!)」と心で祈っている私がいました。

そこまで真面目に対応せんでもええやんか。見つけられたら予約されてしまう。長い時間が経過したように思いました。実際は5分くらいでしょうか、残念そうに、手のひらを前にむけて肩をすくめながら、申し訳なさそうに首を振るあのアメリカ人独特のポーズで「I am sorry.  I could not find such a restaurant」。私はガッツポーズを作りかけたその腕を横に振って、残念そうに「Thank you.  Never mind.」一件落着です。

そのかわりに、といえば何ですが、ローニーがステーキを食べに連れて行ってくれました。24オンスのリブ・ステーキを注文しました。あとで調べてみたら、何と700グラム!アメリカ的にはribeyeというそうです。デカッ! でも頑張って2/3くらいは食べました。ジューシーで、アメリカ人が好む(多分、本当は好んでないと思うけど、脂肪が健康に悪いと思って食べる)ヒレ(ヘレ?)みたいに味気なくはないです。

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だいたい、アメリカ人は、健康お宅が多い。ローファット、ローファットとか言って、牛乳買うにもさんざん時間かけます。そのくせ、ばかでかいチョコレートケーキをデザートにペロッと食べてます。何考えているのか、よくわかりません。

お腹がいっぱいになったところで、ローニーが自宅に連れて帰ってくれました。何と敷地が1エーカー。・・・といわれても、想像が付きません。約4,000平方メートル(1,200坪)です。塀が巡らされていますが、その外側も彼の土地で、塀は動物の侵入を防ぐためのものらしいです。庭にプールまであって、豪勢な生活をしています。彼も私も同じ公務員ですが、日本の勤務医とは大違いです。

庭で年代物のテキーラを飲みながら葉巻をふかし、上を見上げると、何と満天の星。あんなてんこ盛りの星を見たことはありません。そういえば、地元のシーラが「世界最大の天体望遠鏡」と自慢していたのを思い出しました。このことを言ってたのです。この星空を守るために、なんと照明を制限しているそうです。まず、パチンコ店出店の許可は出ないでしょうね。

ニューオリンズの旅

5月のニューオリンズは、西海岸と違って湿度が高い分、蒸し暑い。しかし、年に1度の消化器病学会週間がこの地で開かれるのは、私の現役を通して(約30年)4回目です。ミシシッピー川の河口で、潤いの「水」が豊富であること、ジャズ発祥の地であり、フランス領であったことから、庶民的でありながら洗練されている街というイメージが強く、多くの人が訪れたい地なのでしょう。

映画の舞台によくなっています。「欲望という名の電車(A Streetcar Named Desire)」は確かカラーではなく、白黒で、若いヴィヴィアン・リーとマーロン・ブランドが主役を演じていました。画面からも蒸し暑さが伝わってきます。実際、ニューオリンズには市電が走っていて、一番古い市電はエアコンなどなく、開いた窓からひたすら外気を入れて凌いでいます。観光客が一度は乗ってみたいという雰囲気を醸し出していますが、地元の方も結構利用しているようです。

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その古い市電の頭の所ににある行き先表示を見てひっくり返りそうになりました。なんと「Desire(欲望)」と書いてあるのです。そんな終着駅はないでしょう。と思いきや、Desire通りがれっきとしてありました。ナポレオンの愛人の名前(Desiree)にちなんで、通りの名前に付けようとしたが、綴りを間違えてDesire(欲望)となってしまったという説もあります。わざとのような気もしますが。おまけに、極楽’(Elysian Fields)通りまであるのは悪のり?

で、ニューオリンズはしばしば映画の舞台になってます。その中でも私がもっとも気に入っている映画は「ベリカン文書(Pelican brief)」です。ちょうど私が最初にニューオリンズを訪れるとき、国際線の機内で見たのがこの映画でした。

娘とニューオリンズに着いてから、うろついてシーンの場面を探しました。そして見つけたのです。ここが追っ手からジュリア・ロバーツが必死で逃げたリバーウォークや、とか、彼女が駆けおりたヒルトンの螺旋階段がここや! と、まるでジュリアの(なんて親しそうでしょ)靴音が聞こえそうで興奮していたのを覚えています。娘が高校生か大学に入った頃だったので、17-8年ぐらい前です。えっ、年がバレるって? 娘がゆーてます。聞かなかったことにしといて。

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リバーウォークの中のショッピング・アーケードで、右手がミシシッピー川です。

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リバーウォークとヒルトンホテルをつなぐ階段。ジュリア・ロバーツがここを駆け下りたと思い込んでいました。

帰ってからもう一度、この映画を見てショックを受けたのは、リバーウォークで殺人があったのは確かですが、彼女は走ってなかった。また、駆けおりたのはヒルトンのリバーウォークにつながる階段ではなく、しかも「らせん」ではありませんでした。安ホテルの非常階段だったのです。なんと人の記憶っていうものが曖昧なものかよくわかりました。なに? 一緒にするなって? すいません。(今に後悔するぞ・・・)

待ちに待った晩ご飯。「ペリカン・クラブ」という郷土料理のしにせレストランです。ガンボ・スープはどこで飲んでも同じというものではありません。ここのガンボスープはスパイスが程よく効いていて、美味でした。特産というか、美味しいのはやはり牡蠣ですね。生はもちろんOK。ロックフェラーという名のチーズであぶったやつも最高。

025.JPG ガンボスープです。

ステーキは脂身がなくて相対的においしくないけれど、リブ(肋骨)ステーキはジューシーでいける。これも見た目はでかくて引くけど、骨の部分が結構あるので、実質はそれほどでもない。でも、半分食べるのが限界かも。

フレンチ・クウーターに行くと、おしゃれなレストランがいっぱいあります。ザリガニ(crawfish)のスパイシーボイルは皿に山盛り来るけれど、引かなくて大丈夫。中身は小さいので、なんぼでも食べられる。私たちの世代は、ザリガニを沼地でまず捕まえて、身を餌にカエルや魚を釣っていたので、食べる気はしなかったけれど、食べてみてよかったと思っています。でも、ワニの唐揚げは、まずくはないけどやめといた方がいいでしょう。 

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ザリガニの身を食べた後の捨てられた頭です。

ところで、この伝統ありそうなレストランに「ペリカン」という名前が象徴的につけられているので、ウェイターに聞いてみました。きっと、映画の「ペリカン文書」でニューオリンズが話題になって、それにちなんで「ペリカン」を流用したに違いないという思いで私のイメージは膨らんでいました。そうだとすれば、伝統ありそうに見えて20年も経ってない店だな。門構えでだましやがって、みたいな気持ちがなかったわけではありません。

それで、なんで「ペリカン」なのって。そうしたら、「ペリカンはここの象徴です」と。私はびっくりして「南極にしかいないんとちゃうん?」。ウェイターは目をむいて「海岸に一杯いるよ」っていうのです。「えー、マジ?」というと、「ルイジアナ州の州鳥になっているほどですよ」というわけです。

えー、なにそれ、という感じになってたら、一緒に行ってた私の後輩が「先生、それ、ひょっとしてペンギンと間違えてません?」と遠慮がちに一言。私には「ペリカン」に、氷の上をひょこひょこ歩くひょうきんな飛べない鳥のイメージしかなく、すぐに修正が効きません。「ペンギンのことやで。どこが間違えてるねん?」と言葉を発して、初めて「あっ、ペンギンとちゃうわ!」。なんと人の思い込みっていうやつは恐いものかよくわかりました。なに? 一緒にするなって? すいません。(今に後悔するぞ・・・アゲイン)

ニューオリンズは数年前に巨大ハリケーン、カトリーヌに見舞われ、惨事が起こりました。それから初めての訪問になりますが、街の様子はほぼ以前と変わらないくらいに復興していました。街にはジャズが溢れ、ポールダンス(鉄柱をくるくる回って踊るセクシーダンスで、多分なんの練習もいらない)は健在。ポール・ニューマン(シャレではありませんよ)が「ハスラー」で主演したプールバーも、多分そのままかも。私も「なにわのポール」と恐れられた時代がありました。トム・クルーズが「ハスラー2」を主演してからは、「なにわのトム」に変わりましたが。

で、惨事から回復したかのように見えたこの街にも、やはり根深い爪痕が残っていることがわかりました。たまたま利用したタクシーの運転手。陽気な若い黒人で、「ニューオリンズもかなり回復したね」と振ってみると、意外な言葉が帰ってきました。「おふくろと妹を亡くしたんだ」「家も壊れてお金を稼がないと」と言うのです。思わず絶句してしまいました。阪神淡路の大震災を思い出しました。惨事を引きずりながら頑張っている若者を見ると涙が出てきます。チップを弾んであげると、素直に喜んでくれました。

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バーボンストリート。ストリート・ミュージシャンがジャズを演奏しています。

学会には1万人以上が全国から集まってきますが、学会にもおそらく「活気をこの街に」という思いがあってのこの地での開催だったのでしょう。実際、この期間、街は学会バッグを持って歩いている人だらけでした。しかし、悪いことに沿岸で採油パイプが破損して、オイルが大量に漏れるという事故が起こってしまいました。

牡蠣は全滅といわれています。自然破壊につながる産業は「ペリカン文書」でも題材になったものです。それが現実になってしまった。せっかく立ち直ろうとしているこの街になぜ今? という思いです。「ペリカン」が「もうアカン」と鳴かないように、何らかの支援を送りたいものです。

香港・深圳(しんせん)の旅~その2

は意外と都会です。とあるレストランにはいると、何と上海蟹が! ちょっと小振りでしたが、1匹500円と、まー日本の10分の一くらいの値段には驚きました。このシーズンはメスはなく、オスですが、白子に当たる部分が美味で、ミソとのハーモニーが絶品でした。3匹あっというまにいただきました。 次のレストラン(といっても大衆的な食堂:東門という繁華街)では別の種類のカニ(とさかとおしりが尖ったやつ。何ていったかな?)のピリ辛ナベです。ビニールの手袋をくれました。これをはめて手で食べなさいということです。これはミソはあまり入ってませんが、ニンニクたっぷり、超ピリ辛で、舌がしびれてきますが身が美味。はい、身が美味、身が美味、身が美味と3回早口で言ってください。・・・よくできました。でも、何も出ません。舌でも出しといてください。舌から血が出てるって? 私のせいじゃありません。 

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なんか食べてばっかりしているように思ってませんか? ・・・実はそうなんです。中国風しゃぶしゃぶも食べました。これは九龍(クーロン)という場所です。この場所は香港で、ちょっと時相がずれています。豚と羊です。羊がまた美味。はい、羊が美味、羊が美味、羊が美味って3回・・・ もうええって。薬味が何種類もあって、味を引き立てます。 で、また時相をに戻して、次にサウナに行きました。中は広くてきれいでした。ロッカー室にはいると、男の子が出てきてパンツまで脱がすんです。それからお茶を持ってくる。そのお盆には50香港ドル(600円くらい)のお札が見本として貼り付けてあり、それを指さしてチップをくれくれというのです。きっと安い給料で働かされているのでしょうね。マッサージを待っている間に、足指と爪の手入れもしてくれます。その人達もほとんど給料はないそうです。でチップをあげるんです。なんか、共産主義とはほど遠い雰囲気でした。マッサージはオイルをしてもらいましたが、2時間近くたっぷりしてもらっても安い! 

今回は、移動に鉄道を利用してみました。MTRMass Transit Railway)です。なんと20両編成くらいで、あんな長い列車は見たことがありません。それも時間帯によっては5分間隔くらいで来ます。やはり人口が桁違いだからでしょうか? この鉄道は、香港を縦横に走っていますが、私が利用した路線は香港島から始まって、香港を縦断して深圳近傍までつながっている路線です。深圳に入るには、羅湖(Lo Wu)という終点で降りて、徒歩で通関するのです。宿泊ホテルのある沙田(シャティン)の大学駅からは、香港島へも深圳へも30分くらいで着きます。 hong-kong-mtr.jpg 

その電車に乗るには、プリペイドカードを買いますが、これがすごく良心的で、好きな金額を支払って登録し、最終的に余ったお金は返してくれるのです。たとえば100香港ドルを払ってカードに登録してもらい、日本に帰る前に駅でカードを返して10ドル残っていたらそれを返してくれるのです。 

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さて、その電車ですが、あんなに長いのに、座席はほぼ満席で立っている人もいます。ところが、すいている車両がありました。座席も結構デラックスです。で、検札がやってきました。みんなカードを出して機械に触れてピピッと鳴らしています。私もそうしましたが、なぜかピピッと鳴りません。おかしいな、と首をひねっていると次の駅でひっぱり降ろされました。  その座席はいわゆるグリーン席だったのです。私は、別にたいした額ではないし、差額を払えばいいと思っていたのですが、車両内では支払えないらしく、ひっぱり降ろされた理由はプラットホーム内に支払機があり、前払いになっていたのでした。文化の違いとはいえややこしーい。検札に来ること自体めずらしいらしいが、罰則規定が厳しいのでみんなちゃんと前払いして乗ってました。 ピピっと鳴らなかったとき睨みつけられたのは確信犯だと思われたからでしょうね。でも、パスポートを持っていたので旅行者ということがわかってもらえてお許しが出ました。もし、パスポートを持って歩いてなかったら逮捕されてたのかなー。その人もブスっとした女性でしたが、かわいかったので許してあげました。

香港・深圳(しんせん)の旅~その1

さて、香港に来ました。あいにくの雨模様。12月というのに温かい。しかし、朝晩はさすがに冷えます。例によって、お遊びできたのでないことは断っておきます。なんといっても「みなし公務員」なんていうワケワカメなホーリーネームをもらっていますので。「みなし子ハッチ」のほうがよっぽどましや。それ何?って知らんの? 昔流行った、親の居ない蜂さんのハッチがけなげに元気に生きていくアニメ。蜂やからハッチ。そのままやんか。昔はひねりがなくても「何でやねん」とつっこむ人もいなかったのかなー。 

まー、それはどうでもええけど、書類提出が遅れたため、出張ではなく有給休暇を取らされました。大学が独立行政法人化して大阪市からの補助金が減らされてきたため、毎月の給料はカットされる(何も悪いことはしてません)し、これではモチベーションは下がりますよね。同意を求められても困るって? じゃー、下のボタンを押さないと次に進めないようにしますよ。

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同意しましたね? もー戻れませんよ。いいですね。では見てもいいです。えっ、同意するんじゃなかったって? 全部読んでからゆーてちょうだい。 関空から3時間。香港島に着きました。この島が中心で本土に渡るとひっそりしています。香港大学のすぐそばのハイアット・リージェンシー香港で研究会があったので、そのホテルに泊まりました。沙田(シャティン)というところで、香港本土の真ん中あたりの東海岸です。なんと、この立派なホテル、香港大学の一部とのことです。従業員も学生がほとんどだそうで、びっくりします。

さっそく香港島の繁華街に出かけました。上海蟹が目当てです。で、セントラルにある「鏞記(ヨンキー)」というレストランに入りました。3階まであるバカでかいレストランなのに、席が空くのを待つ客で溢れかえっています。凛としたお姉ちゃんが仕切っているので、誰も文句を言いません。30分ほど待たされてテーブルに案内されました。よだれをたらしながら「上海蟹!」と叫ぶと、なんと「シーズンオフ」という答えが返ってきました。えー、シーズン真っ盛りとちゃうのん? 香港では11月までだそうで、いきなりがっかり、ガクッ。 

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それにもめげず、セカンドベストを目指すため、周りのテーブルを見渡しました。みんなアヒルのようなものをガツガツ食べています。ガチョウのロースト(下の写真手前)でした。有名人がこぞってそれをこの店に食べに来ることが、後になって分かりました。そんな店で「上海蟹!」と叫んでしまった自分が情けなかったですが、さっそくそのガチョウ料理を注文しました。甘いたれをつけて美味でした。英語でダックと書いてありますが、北京ダックではありません。アヒルでもなくガチョウだそうで、かなり有名な広東料理だそうです。もっともアヒルとガチョウの違いがわかりません。まー、おいしけりゃいいです。写真真ん中のピータンも絶品でした。でも香港の物価は高い。さすがにジャパニーズ・プライスはなくなったみたいですが・・・。

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そのあと、街をぶらついていると、「♪Close your eyes, and I’ll kiss you.  Tomorrow I’ll miss you.  Remenber I’ll always…♪」が耳に飛び込んできました。ビートルズが甦ったか、と思うくらい似てる。声だけでしたが・・・。で、思わず店内に。満席で欧米人がほとんどです。永く英国領だったせいでしょう。やさ男が席を譲ってくれました。親切な人が居るもんだ。「ビートルズ」に聞き惚れていて、気が付くのが遅かったのですが、そのやさ男からねっとりとした熱い視線を受けていたのです。身の毛がよだつとはああいうことを言うのですね。 香港は中国に返還されたといっても別の国です。びっくりしたのは、という、香港の隣地域に入るのにパスポートが要るのです。香港と中国本土は物価が違うので、中国本土からの品物の流入や出稼ぎを防ぐためなのでしょうか。香港と中国本土が別の国であると感じるもう一つの理由は、愛想のなさです。とくに女性の公務員。 

に入る通関で、ブスの女性に当たりました。おまけにブスッとしているのでダブルブスです。テニスの? あれはダブルスや。全豪オープンで伊達が出るやつ。40歳になろうとしているのによー頑張ってる、ってひっぱりすぎー。で、顔を見ていると吐きそうなので、視線をやや下に向けると、緑と赤のボタンが目にとまりました。緑はgood 良、赤はbad 悪。通関審査官の評価なのでしょう。愛想も悪けりゃ顔も悪い。あと3つくらいは悪いところがありそうなので、5回立て続けにボタンを押してやりました。見えたら怖いのでコソッと。中国のことなので、見られたらあらぬ理由を付けられて刑務所送りに合うかも知れません。あー怖かった。  香港とでは通貨が違います。香港ドルと元(げん)です。に入るにあたって困ったことは、特殊なクレジットカードでないと、香港ではATMで元を引き出せないのです。しんせんでは、近代的なATMなどないと決め込んでましたので、ちょっと困りました。でも、まー両替所はあるでしょうから、しんせんに入ってから換えようと思っていました。ところが手数料が高い! ぼったくりもいいとこです。そこで頭を使ってホテルで両替してもらおうとホテルに行きました。しかし、泊り客でないと両替には応じられないと。まー普通はそうやわな。で、思いついたのが銀行。何自慢してるん? 誰でも最初に銀行を思いつくやろ! ってなことを言わんといておくれやす。 さて、銀行に入りました。な、な、なんとATMが・・・。VISAカードで無事に元を引き出せて手数料なし。どんなもんだい! けっこう問題。元を手にするのに2時間近くかかりました。たいした額をおろしたわけでもないのに、そのお金をよっこらしょとかついで銀行を出ました。元(験:げん)をかついだのです。・・・。おあとがよろしいようで。この続きは次回に。

サンディエゴの旅 ~ふたたびのたび~

 ほらほら油断してたらダメですよ。だじゃれは最後とは限らないのですから。さてさて、クロアチアに続いてこちらは1年半ぶりの「ふた旅」となります。前回のサンディエゴは赤い市電で旅しました。そのときは、ブルーラインを利用したので、青い電車が来ると思いこんで、赤い電車を何台もやりすごしてしまいました。ブログを振り返ってみて下さい。路線に色の名前を付けるほうが悪いと思いませんか? 今度は、そんな間違いをしないように、トロリーバスを利用しました。

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 もちろん、仕事の合間を縫ってです。今回は、「Screening tools for gastric cancer 胃癌早期発見のための方法」というテーマで、米国大学消化器病学会という、米国で2番目に大きい学会からの招待講演で招かれました。このような海外の学会から招請を受けて講演するのはきわめて名誉なことです。ちょうど、日本では「おはよう朝日です」の録画が放映されて、見てくれた方も多いと思いますが、私はそのときはサンディエゴで頑張っていたのです。もう一つのミッションは、日本消化管学会と米国大学消化器病学会が連携協力して、国際的に発展を目指そうという合意をえることで、日本消化管学会の国際交流委員長として、向こうの国際委員会で説明をすることでした。そちらの方も、さまざまな先生方の協力でうまく進みそうです。ミッションを終えてほっとしたところで、ちょっとした時間を利用しました。

 このトロリーバスは市内観光用で、10箇所ほどの停留所があります。10-20分間隔で運行しているので、どこで降りてもまたいつでも乗れて便利です。1日32ドルでちょっと高めですが、運転手がメッチャ面白い! 人によるのかも知れないですが、最初のドライバーは吉本に入れたいくらい。日本ではバスガイドが景色や歴史の説明をしますが、こっちはドライバーが運転しながら身振り手振りで熱の入った説明をするので、危なそうですがそこはプロ。運転中しゃべり続けなので、二日酔いなどそっとしておいて欲しいときは乗らないほうがいいです。ずっと同じバスに乗り続けるなら、1周するのに約2時間です。 rimg0115.JPG

 ジョークの半分も解らなかったけれど、とにかく面白かった。まず、バス内での禁酒禁煙のアナウンスからしゃれている。映画「ターミネーター」の主役で有名なシュワルツネッガーがカリフォルニアの州知事(Governor) なので、「バスで飲酒を見つかると、シュワルツネッガー Govinater (知事とターミネーターを架けて)に抹殺(terminate)されるよ」から始まりました。若い美人の観光客が降りようとすると、「Do you leave me here? 僕を置いてけぼりにするのかい」です。乗客の出身地を聞いては、サンディエゴと比較してこき下ろすかと思えば、気温が華氏70℃でここは快適だと言ったけれど、あれは真っ赤な嘘だともいう。1日の、あるいは1年の気温を平均するとそうなるだけで、右のポケットに氷水、左のポケットに熱湯を入れて歩いているようなもので、たまったものじゃないと言っては笑わすのです。たしかに半袖でも暑いと思うと、すぐに冷えてきて上着があっても寒いくらいにすぐ気温が変化します。 しゃべりまくられているうちにオールドタウンに着きました。ここで一旦降りました。スペイン人の兄弟が600年前にここに漂着(?到着)して、開拓が始まり、カリフォルニアができたそうです。いわば、アメリカの原点です。サンディエゴとロスを繋ぐ交通として、当時使われた馬車がミュージアムに展示されていました。入場無料で良心的です。西部劇でよく見るやつです。で、この辺の料理はスペイン料理かと思いきや、軒並みメキシコ料理店だらけです。単にメキシコからすぐ近くだからでしょうか? あまり、オールドタウンの歴史とは関係なさそう。

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とあるメキシコ料理レストランでタコスを頼みました。出てくるまで、シンプルな三角形の薄いチップにサルサ(野菜を小さく刻んだものをチリでホットにしたソース)をつけて食べました。メキシコ料理店では、どこでも最初に出てきます。韓国料理のキムチみたいなものでしょう。これとビールで十分ですが、それではしかられるので注文したようなものです。ところが、この魚のタコスはあっさり目でおいしかったです。ちなみにこのビールはXX-REDというメキシコビールで、コクと苦みがマッチしたいい味でした。

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サンディエゴのダウンタウンは何といってもガスランプ通り。レストランがずらっと並んでいます。どれも由緒のありそうなレストランです。前回のサンディエゴでは「たかずし Taka zushi」のうにを紹介しましたが、もう一度出しましょう。ウニのつぶがとにかくでかいし、取れたてなのでいやみがない。

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今回は、隣のシーフードの店でナマ(row)牡蠣(oister)とタラバガニを食べました。結構有名そうな店ですが、高くはなかったです。牡蠣は種類が色々出てきましたが、身がふっくらして美味でした。カニは甘みがやや少なく、淡泊な感じ。そのあと、「Taka zushi」に一口つまみにいきました。高島れい子の旦那似のすし職人の方が覚えていてくれて、再会を喜び合いました。ウニは変わっていませんでした。3日後にもう一度行って、ウニ以外に伊勢エビを頼みました。さしみは絶品で、値段も日本の半分くらいでしょう。頭の部分はみそ汁にしてもらって、これも美味。 

 

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今回の新たな発見は、Sea port village(ダウンタウンのガスランプ通りから北西に歩いて10分くらい)近くのFish Market Restaurant。信ちゃんという親友に教えてもらって行きました。1階は取れたての魚介類が並んでいて、ここでも食べられますが、2階はちゃんとしたレストランになっています。新鮮な魚介類を料理してくれます。あのクロアチアのムール貝(Mussel)が、ここでも食べたいと思いましたがメニューに載ってない。Raw(なま)の盛り合わせ(ムール貝やあさりやカニなど)があったので、それを注文して、ムール貝だけ別に料理の方法を伝授したら、コックさんが特別に創ってくれました。これがクロアチアより美味だったのでびっくり。私が言ったのは、「ムール貝をニンニクと白ワインで蒸して」だけでしたが、向こうはやっぱりプロだわ。スープまで全部飲みました。次からメニューに入っているかも。もしその店で「Mussel Sakamushi」をメニューで見たら、「Tetsuo Special」と書き込んで私にメールください。持って帰ってきたムール貝の殻を差し上げます。

クロアチアの旅 ~スプリット~

 ご無沙汰です。今回は、6年ぶりにやって来ましたクロアチアの旅です。6年前は「てつおの部屋」の「ホットひといき」のエッセイに書いたようにドゥブロニクを楽しみました。今回はスプリットというザグレブの次に大きなアドリア海に面する、これまた風光明媚な都市です。

 関空からルフトハンザでフランクフルトまで11時間半。フランクフルトからスプリットへの直行便は1時間15分くらい。思ったより近く、ヨーロッパ人観光客が多いのも頷けます。ただし、日本からだとトランジットがうまくいかず、フランクフルトで1泊しなければならないので、私はフランクフルトからミュンヘンを経由してその日にスプリットに着く便を選びました。いずれにしても、ワインはいくらでも注いでくれるし、エジプトエアーとは月とすっぽんで、快適な空の旅でした。

今回の旅の目的は、第13回国際潰瘍学会に参加するためで、前回の本会を大阪で主催した会長としてオープニング・セレモニーでスピーチを頼まれ、またシンポジウムの司会や発表を行いました。ここでは一切触れませんが、遊びに行ったように思われるとつらいので・・・。

 さて、スプリットでは何といってもパレス(宮殿)です。すなわち、ローマ帝国時代(紀元200年代)の宮殿跡を中心に、その中も外も住民の生活と一体になっているのです。宮殿内は聖堂は別として、それを取り巻く、城壁に囲まれた市街は迷路のように縦横に細道が走っています。そこここには観光客を意識した土産物屋やレストラン、カフェバーが並んでいるかと思えば、一方で、生活必需品の雑貨、服、靴を売る店やコンビニまであります。実際に住民が生活しており、洗濯物を干す主婦に出会います。世界遺産の中に住民と観光客が溶け合う奇妙な町です。

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(海側から見たパレスの外観)

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(パレス内の迷路)

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(パレス内、世界遺産の中に人が住んでる!洗濯物が・・・)

観光客は年配の人が多く、長期滞在のように感じます。物価が安く、気候もいいので住みやすいからでしょうか? まず、パレスの南壁中央のゲートをくぐり、パレスにはいるとそこは聖堂で土産物屋が両側に並ぶ。聖堂をくぐり抜けると、突き当たり(写真正面奥)がら左右に細い通路が・・・。

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そこを左に折れて、店の間を観光客とすれ違うように歩き、鉄の門をくぐると広場に視野が開けました。その一角のオープンカフェに座り、広場を眺めながら国産ビールをぐーいっといきました。案外うまい! 

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ユーロとドルはほぼOKですが、レートは若干高め。ダメな店もあり、クロアチア通貨のクーナが無難なことがわかり、両替所でさっそく円をクーナに換えました。クレジットカードでクーナでもユーロでもおろせますし、それが手数料も取られず一番得ですが、私はうまくできないので手数料を払って換金しました。

のどが潤い、お腹も少し減ってきたので、そのまま西へ進みパレスの外へ出ました。目指すはフィッシュマーケット(魚市場)。少し北に進むとありました! とれたての新鮮な魚介類が並んでいて、買い物客と観光客でごった返している。ちょっと魚くさいが、温泉の硫黄の臭いが生臭さを緩和しています。

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このフィッシュマーケットに面した、「るるぶ」で見た、「おすすめの店」(ノストロモ)に入ってみました。ちょうど昼の12時です。好物のムール貝のにんにくワイン煮(酒蒸し風)を注文。ワインを味わいながら待っていたら、何ともいい香りのディッシュが運ばれてきました。しかし、貝の身は? 痩せている! おまけに塩辛い! シェフがヘッドハンティングで移ったのかも。そういえば客が少なかったです。

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外に出て、となりの大衆的なレストランに入りました。店の制服を着たおばちゃんが、客の席に座って親しそうに小魚のフライを食べながら談笑していました。

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ミックスフライ(上の写真左下)とビールを注文。意外とこのフライがうまい! さっきフィッシュマーケットで売っていた小魚とイカ(カラマリ)だ。小魚の大きい方(7-8 cm)はちょっと小骨が気になるが、小さい方(2-3 cm)はまるまま食べて違和感がないし、若干の苦みが美味。カラマリは絶品でした。

魚介類の鮮度と味では、中心街から少し離れたところ(タクシーで40クーナ程度=700-800円)のボタシャレ(Bota Sare)が一番。メニューは少々高め。牡蠣が生(ナマ)で食べられる。

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季節柄か小振りだが味は絶品でした。また、ムール貝の酒蒸しも、先のレストランと全然違う。感動でした。写真は、いつも食べ始めてから思い出して撮ることが多く、余りきれいじゃないけどがまんしてください。食べ終わってからしまった!と思うこともあるので、写真があるだけでもましだと思ってくださいね。

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で、ここまでは大満足でよかったのですが、ハマチ?の頭のスープはぷーんときました。店のショーケースの氷の上にあったものでしたが、数日経っていたものを使ったもよう。おいしい店だけに、マネージャーに意見をいっておいてあげようと思い、担当のウェイターを呼んで、「マネージャーに話がある」と言ったら、向こうは文句を言われるとでも思ったか「マネージャーはいません」と言いよった。いやいや、別にあんたの告げ口をするンと違うんや。この店のために助言をするだけや。といっても「マネージャーはいません」の一点張り。マネージャーらしき人影はちゃんと確認してある。こら! そこにおるやん! といっても、「あれは掃除のおっちゃんです」と返す。どうみてもちゃうやん。「何のマネジャー!」といっても、ローカルなダジャレが通じるわけでもなし、おとなしく引き上げることにしました。

クロアチアは一般的にゆったりしています。その分、急いでいるときはいらつきます。何でもないピザ屋さんでも、ビールで酔いつぶれそうになった頃にやっとピザが出てくるようなありさま。ゆうに1時間以上は待たされたと思う。ピザってファストフードとちゃうのん? しかし、そこかしこにイケメンとイケウマ(絶世の女性 ウーマンの省略形:私のオリジナル)が歩いているので退屈しません。人口は少ないのに、かっこいい人が多すぎます。ところで話はがらっと変わりますが、レンタカーは簡単に貸してくれます。「国際免許証要る?」と聞くと「どうみても18歳は越えているようですので要りませんよ」って言われちゃった。で、日本の免許証の写しを取られたが、全部日本語だし、免許証だと分かるすべはなさそうでした。写真付きなら図書館の入館カードでもいけそうな感じです。だいたいみんな親切でいい人が多い。エジプトとえらい違い! エジプトがどんなひどい国かは昨年の秋頃のブログのぼやきを見てください。で、道の説明も親切は親切ですが、メッチャ、アバウト。「It’s easy.  Turn left at the 3rd or maybe 4th traffic light.  Simple!」って言ってくれるのですが、おいおいちょっと待って、と言いたくなります。3つ目か4つ目の信号ではぜんぜん違うやん。どっちかはっきりしてよ。結局、グルグル回って、同じようなところで30-40分費やしたのち、やっと目的の道に出ました。高速は山の中を走っていて、ただひたすら目的地を目指すだけですが、海岸線は絶景! 景色に見とれていると崖から落ちるので危ないですが、このドライブは最高。 ドブロニクを目指していたけど、スプリットから東に200 kmくらいあって、3時間はゆうにかかりそうだったので、日和(ひよ)ってスプリットから50 kmくらいのカサブランカ?みたいな地名の海岸に寄りました。結構ローカルで通の人が好みそうな街かな? 世界遺産で有名な都市に飽きた人がたぶんこんなところでゆっくりするのでしょうね。

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ところで、スプリットのパレスの話しに戻ると、アドリア海側(南)からパレスを北(山側)に抜けると、こんな銅像がありました。ダビデの像? 10世紀のクロアチアの司教、Gregorius of Ninの像らしいです。親指を触ると幸運がもたらされるというので、みんながシコシコなでていました。結果、親指だけつやがあります。

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カサブランカ?だったかな(インターネットで調べたらMakarskaマカルスカでした。「カ」しかおおてへんやん!)、このローカルな街にも似たような銅像が・・・。いわれは知りませんが、やはりつやのある箇所が見られます。こちらをさわると何がもたらされるのでしょうか? 往復ビンタ? 銅像だけに、それだけは「どうぞー」許して・・・。すべったかな?rimg0264.JPG

名古屋の旅

だんだんローカルな放浪記になってきましたが、例の新型インフルエンザ騒ぎで海外流行地域出張禁止のため仕方ありません。

5月20日夕刻、学会参加のため、新幹線で名古屋に到着。新大阪では行き交う人々「マスク」「マスク」「マスク」。銀行強盗犯が紛れ込んでいても分からない状況です。この時点で新型インフルエンザ確定者は大阪でのべ100名。名古屋は0でした。

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翌日タクシーで国際会議場まで移動。運転手さんと「ひつまぶし」の話で盛り上がったのですが・・・。「ところでどちらからお出でになりました?」の質問に「大阪からです」と答えた瞬間から重い空気に。大阪の人間はばい菌かえ!

騒ぎすぎ、とは言っても、100年前のスペイン風邪はいざしらず、最近ではサーズで大騒ぎになったばかり。軽く見るより安全なことは確かです。

さてその「ひつまぶし」。「ひまつぶし」に見えてしまいますね。実は、板前さんが本当に「ひまつぶし」に、うなぎの端くれを包丁で叩いてきざんで、まかないメシにしたのが始まりだそうです。その「ひまつぶし」をシャレで「ひつまぶし」と名付けたらしい。

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 ところで日本3大名城ってどこか知ってます。諸説あるそうですが、名古屋城と熊本城は入ってます。あとは大坂城か姫路城。私は姫路城が1番に来ると思ってましたが違いました。そこで、名古屋城まで散歩してきました。

 西側の公園側から入っていくと、立派な武将の彫像がありました。当然、織田信長や、と思いきや、なんと加藤清正。なんで? 加藤清正いうたら熊本城とちゃうん? 織田信長は嫌われてるンかなー。

ちゃうちゃう、加藤清正は尾張名古屋の生まれで、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)を慕い、家臣として仕えたそうな。それでまず名古屋城築城の指揮を執り、そのあと熊本へ藩主として送り出され、熊本城を築城したらしい。してみると大坂城も。あー、それでか。城造りの名手、加藤清正の機能美あふれる創造物三名城いうこっちゃ。

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種子島の旅

今頃はシカゴについて、名物の厚手のピッツアでもほうばっているころなのに、例の新型インフルエンザ騒ぎで出張禁止になりました。ウイルスを持って帰ってこようものなら犯罪者扱いされかねません。といってもいま時分は、大阪の方が危険地域と見なされているので、向こうから「来るな!」と言われるかも。

そこで、今年の1月に行った種子島の放浪記を書いてみます。ちょうど、ものづくり東大阪町工場の夢を載せた人工衛星「まいど1号」の打ち上げ前日に種子島に到着しました。

1月というのに、それほど寒くもなく、海の香りを楽しみながら散歩していると、家の前に「いも」の袋詰めが大量に積み上げてあるのを見つけました。捨ててあるはずはないなと思いきや、そこは八百屋さんでした。

よく見ると「安納いも」と書いてある。焼き芋にするととろけそうな甘いさつまいも。20個ほど入っていて1000円ほど。何と安うー。道路の道しるべに「安納」という文字があったので、この地域で採れる「いも」がかの有名な「安納いも」であることに思い至り、思いがけない出会いに感動しました。annoh-potato1.jpg

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 道しるべの「安納」の方向に坂を上っていくと、「鉄砲館」に行き当たりました。そうか、ここに伝来したんだった! ポルトガル人が島主の目の前で飛ぶ鳥を射落として見せ、その威力に驚いたそうです。島主の娘は絶世の美女で、ポルトガル人の妻となり、鉄砲の製造技術が日本に導入できたそうな。絶世の美女は歴史を変えますねー。

 天候が怪しくなってきたので宿に帰ろうとしていると、西之表市役所の看板が目に付きました。「ロケット打ち上げ予定 1月21日(水)」。間違いなく明日です。歩き出そうとしたとき、なにかひっかかるものがありました。「んっ?」と看板を見直してみると、「予定」の下にえらいことが書いてありました。「予備日 1月22日~2月28日」。なんで1ヶ月以上も予備日やねん。

 その日はしけでした。打ち上げ中止は前日の寿司屋で知りました。よくあることのようです。そう簡単にはいかないとは思ってましたが、宮本むなし、です。

 3日後(だったと思います)、ニュースで打ち上げが報じられ、人工衛星「まいど1号」の発案者でものづくり大使、青木社長の潤んだ眼が大写しになっていました。

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